(46)「正統竹内文書」のイエス渡来伝承
キリストの墓とは一体何か?
「新約聖書」によれば、イエスは十字架刑で死んでおり、そこから復活し、肉体を伴ったまま昇天した。
「竹内文書」は弟が身代わりになって、本人は日本にやって来て、戸来村で死んだと語る。
それでは、「正統竹内文書」ではどうだろうか?
竹内睦泰氏によると、ムハンマド渡来の伝承はないものの、イエス・キリストが日本に来たことは雑伝にあるという。ただし、垂仁天皇ではなく、神武天皇の御代である。しかも、古神道を学びに来たのではなく、太陽の昇る方角をひたすら目指すうちに、日本列島へとたどり着いた。
日本での名前は「五十鈴彦」、もしくは「伊勢津彦」といい、その容貌から「猿田彦」とも呼ばれたという。弟の名は「伊須気余里彦」、もしくは「石切彦」で、兄弟とも神武天皇の妻の名前にちなんでいる。両親のヨセフとマリアは、それぞれ「世聖父」と「真理」と表記する。
竹内睦泰氏自身、この雑伝をあまり信用していないらしい。戦国時代にキリシタン大名を通じて、口伝の中に紛れ込んだのではないかとも考えている。
イエス・キリストに兄弟がいて、その名が「伊須気余里彦=石切彦」とは、「竹内文書」でいう「イスキリ」に似ているあたり、気になるところだが、注目すべきは以下のことである。
日本にやってきたイエス・キリストは、青森県の八戸に滞在した後、そこで死なずに蝦夷地、つまり北海道へと渡った。さらに、そこから東へと旅立ち、アメリカ大陸へと渡った。アメリカ大陸の先住民たちの間で語り継がれる白神とはイエス・キリストのことであるというのだ。
イエスがアメリカ大陸に渡ったことは「竹内文書」にもある。2度目の来日で、南北アメリカ大陸に渡った後、再びアラスカを経て日本の八戸に上陸したという。「正統竹内文書」とはルートが真逆であるが、イエスが白神であることを暗示しているのだとすれば、納得がいく。
キリストの墓とは、ここに「復活したイエス・キリストがやってきたことを示す暗号」なのである。
一度死んだイエスが来たのだ。死者が滞在したということ意味で、そこを墓と呼んだとすれば、気の利いたブラックジョークだといえる。
エルサレムで十字架に処せられ、ゴルゴタの丘に葬られたイエス・キリストは3日目に復活し、40日間、弟子たちに教えを説いた後、肉体を伴ったまま天に昇って行った。この世の終わりに再び表すと約束したが、ずっと天国にいるわけではない。課せられた使命のとおり、全世界に散らばったイスラエル人の末裔たちが住む地に復活体として降臨した。これが環太平洋で語り継がれる白神伝説となった。
イスラエル人の血を引くアイヌが住む日本列島にも、イエス・キリストは降臨した。
アイヌはオキクルミカムイと呼んだ。恐らく降臨した場所は1か所ではない。複数あるに違いない。後々、聖地とされたことを考えると、おそらく山だろう。これこそ、日本ピラミッドの正体なのである。
マヤ文明の遺跡にククルカーンのピラミッドがある。特殊な仕掛けが施してあり、春分と秋分の日、テラス状の段差が微妙な陰影を作り、あたかも羽毛のある蛇が地上に降りてくる様子が浮かび上がる。
古代マヤ人はククルカーンの姿を羽毛のある蛇として描いた。つまり、白神ククルカーン降臨の演出なのだ。かって、実際にピラミッド神殿にククルカーンが降臨したことの記憶なのである。
キリストの墓の近くには、いくつか日本ピラミッドが存在する。最も近い大石神ピラミッドや上大石神ピラミッド、十和田湖に近い十和利山ピラミッドやドコノ森ピラミッド、そしてストーンサークルが併設された黒又山ピラミッドだ。
とりわけ、黒又山は特別だ。「黒又」とは「クロマンタ」のことで、アイヌ語の「クル・マクタ・キシタ」と解釈すると、「神の野山」の意味になるという説がある。「クル」は神と翻訳されているが、これはオキクルミカムイの「クル」に他ならない。つまり、黒又山とは「オキクルミカムイの山」なのだ。
なぜ、オキクルミカムイの名前が冠されているのか? 理由は他でもない。かって、ここに白神オキクルミカムイが降臨したのだ。黒又山は復活した白く輝くイエス・キリストが降臨した日本ピラミッドだったのである。
ちなみに、黒又山と一体の祭祀施設であるストーンサークルもまた、おそらくイエス・キリストの降臨と無関係ではない。紀元前から続く祭祀施設であったからこそ、復活したイエスキリストはやってきたのだ。二つの巨大なストーンサークルは一種の魔方陣であった可能性がある。魔方陣ゆえ、地下世界から得体のしれない存在が湧き出してきたとすれば、黒又山が発光する理由も見えてくる。光と闇は表裏一体なのだ。