(18)御嶽教と天津教
竹内巨麿の伝記が講談だと指摘される要因の一つに仇討がある。母を襲って死なせた暴漢たちを見つけて仇を討つ。出生の秘密を知らされた厳太郎は、いつか母君の無念を晴らすと誓う。恩人である養祖父が亡くなった時、その思いを胸に故郷を後にする。
上京した後、竹内巨麿は京都へと向かう。源義経のように、鞍馬の山奥で武者修行に励んだ。修行が200日になろうとするころ、彼は一人の仙人に出会う。仇討の修行をしていることを告げると、仙人から大悲山に行くことを指示される。厳しい環境の中、竹内巨麿は、更に1000日もの修行に勤しんだ。
この間、竹内巨麿の前には多くの仙人や天狗、神々が現れた。漁師や僧侶、商人など、様々な姿をした神々は武術の他、呪術、祭事、更には神代文字の読み方を伝授する。これが後に「竹内文書」を解読する際に重要となる。
1030日にも及んだ修行を終えて下山した竹内巨麿は改めて仇討を決意するが、全国を行脚して仇を探すも、見つからない。ようやく突き止めて時、皮肉にも、すでに相手は病没していた。
失意の底に沈む竹内巨麿であったが、逗留していた北茨城で呪術を使って雨乞いなどをしたことで地元の人々に感謝され、再び生きる気力を取り戻す。こうして彼は磯原に居を構え、明治43年、新興宗教「皇祖皇太神宮天津教」を立ち上げると、御神宝と一緒に「竹内文書」を公開した。
この天津教には前身があった。2年前、竹内巨麿は御嶽教天都教会を開いている。「御嶽教」とは奈良に本部を置く教派神道、神道十三派の一つ。長野県の木曽御嶽山をご神体と崇める山岳宗教で、主祭神は国常立尊、大巳貴命、少彦名命の三神で、神道の神々を祀っている。
実は上京したころから、竹内巨麿は御嶽教に出入りしている。当時、御嶽教の官長は鴻雪爪なる人物で一説によると、彼から神代文字を学んだのではないかともいわれている。信徒に対し、講義する立場であったというから、ここで古神道の教義を学んでいることは間違いない。
だが、鞍馬修行によって得た経験や知識、呪術をもって、御嶽教の他、黒住教や大社教、神習教の門戸をくぐるも、当人の弁によれば、何も得ることはなかったという。御嶽教の支部として教会を開くも、神勅を受けて天津教を立ち上げたのも、そうした理由があったからだ。
天津教のもとになった御嶽教は「竹内文書」の謎を解明するにあたって、重要なカギとなってくる。注目すべきは山岳宗教であり、修験道だという点にある。
竹内巨麿の伝記「では話そう」は長峯波山が記した「明治奇人今義経鞍馬修行実歴譚」がベースになっている。竹内巨麿を源義経になぞらえているわけだが、なぜ鞍馬なのか? 牛若丸と呼ばれていたころ、源義経は夜な夜な、鞍馬に出かけては天狗の下で修業をした逸話がある。いわゆる鞍馬天狗や弁慶が登場する物語だ。特に歌舞伎や講談の世界では定番である。
竹内巨麿が鞍馬山に籠っていたことは事実であり、これは特高警察の捜査資料にも記されている。いずれにせよ、御嶽教の信徒であった竹内巨麿が天津教を開くにあたって、一つの転機となったのが鞍馬修行だった。伝記では、そこで大国主命や五十猛命、宗像三女神、天御柱神など、多くの神々が多様な姿で現れ、竹内巨麿に秘術を授けていく。見方を変えれば、これは預言である。神々から預言を授かった。竹内巨麿は預言者だとも言えなくもない。
何しろ鞍馬山である。鞍馬には天狗が棲んでいる。ただの天狗ではない「鞍馬天狗」である。源義経と同様に、竹内巨麿もまた、鞍馬天狗の下で修業を積んだのである。仙人や天狗、神々とは言っているものの、つまるところ、竹内巨麿は鞍馬天狗から呪術を学んだのである。とくに、「竹内文書」の問題でいえば、神代文字である。竹内巨麿は地元の漁師の姿をした神から神歌を授けられる際、神代文字の手ほどきを受けている。霊的な存在として描かれているが、正体は鞍馬天狗か、配下の烏天狗である。
つまり、鞍馬天狗は神代文字を知っていたということだ。神代文字を読み書きすることができた。当然ながら神代文字で記された「竹内文書」の原文をすらすら読むことができたはずである。不思議なことに、伝記には「竹内文書」が登場しない。御神宝や古文書は東京の知人に預けている。修行には持参していないので、鞍馬天狗が「竹内文書」を目にした可能性は低い。
しかし、「竹内文書」の存在が一般公開されるのは竹内巨麿が天津教を開いてからの後のことである。鞍馬修行の間に神代文字を会得し、天津教を開く契機となったのならば、御神宝や「竹内文書」も、そこにあったのでがないか。仮に特高警察が主張するように偽造だったとすれば、竹内巨麿個人では無理である。背後に組織的な存在があった可能性がある。考えられることは御嶽教の関係者だが、後に独立して天津教を開く契機になったことを思えば、疑問がないわけではない。残るは一つ。鞍馬天狗である。鞍馬天狗はれっきとした人間である。実は鞍馬天狗は実在する人間の秘密組織なのだ。彼らが竹内巨麿を動かしていたのである。