(7)マイナスイオンに満ちた特殊な国、日本に光が降りる理由
日本は特殊な国である。昔、ドゴン族に光が降り、そしてマゼランに光が降り、次に降りるのは日本なのである。なぜ、日本に降りるかと言うと、世界で一番マイナスイオンが多い国だからである。
ここで「マイナスイオン」をテーマに講談をご披露させていただく。(五島氏のオリジナル部分もある)
源平合戦の那須与一の話である。時は文治元年(1185年)2月19日、讃岐・屋島の戦い。義経公が海路、阿波を目指し、陸路、屋島を目指す。日暮れて道遠し。夜も更けてまいりますと、夜風に吹かれながら一艘の小舟が海に浮かんでいる。傍らを見ますと、玉虫と言う名の若い美女がカンテラのようなものを照らしている。そして、竿を立て、その先に金の日輪が付いた扇を付けた。その扇に向かって、源氏の那須与一が矢を射った。
その距離は40間(約70メートル)もあり、弓の名人でも射るのはかなり難しい。折悪しくも北風が吹いて来て、波の揺れが激しくなる。その時、那須与一は「南無八幡、八幡台菩薩、我に奇跡を与え給え」と叫んで、見事扇に命中するわけである。
ところが残党がいる。瀬戸内海を縄張りにしていた平家だから、腕力は強くても足腰が弱い。源氏は陸路だから足腰が強く体力があるし、保存食も発達している。だから、質実剛健の源氏が勝ったわけである。ドンドン壇ノ浦まで追いかけていく。奢れる平家久しからず、どんどん寂しくなっていく。ついに海路を渡って九州に上陸し、熊本県から宮崎県に渡って、現在の椎葉村と言うところに逃げていく。
平家も落ちぶれてヒエを食べていた。そこに那須与一が追いかけていくわけであるが、弟の大八郎に任せた。そこで出会ったのが鶴富姫と言う見目麗しい女性がいた。そこで一目ぼれして、鶴富姫と恋に落ちた。そして大八郎との間に子供ができた。それを聞いた与一は「俺が産まそうとしたのに、お前が先に産ませた」と残念がった。その時に、鎌倉幕府から帰って来いという伝令が届く。大八郎は「哀れ、鶴富姫よ、お前と別れる時が来たぞ。今生の別れであるに違いない。もし生まれてくる子供が男なら鎌倉に送れ。そして女の子ならば、お前が育てておくれ。ああ、悲しや」
ここで突然、大八郎だと話が面白くないので与一に変える。(五島氏のオリジナルであろう)
与一と鶴富姫が別れていく。「見よ、太陽が昇って来るが、わしの心は沈んでいくばかりじゃ。ああ、鶴富姫よ、さらば」「与一さん、名前が与一(夜一)なのにあなた朝一で帰っていくのね」「鶴富姫!」(笑い) そんなふうに去って行った。
五島氏は九州の資源探査の旅をしたことがあるという。山々を通って、椎葉村にも行ったという。椎葉村は水が透明で美味しい。その水を飲んだ時、マイナスイオンが多いと感じた。日本はマイナスイオンが多い国なので、そのマイナスイオンが争う心を無くすのではないかと思ったという。
神経には興奮系と抑制系がある。細胞膜の中にナトリウムというプラスイオンが入って、中がプラスになると神経が興奮状態になる。争いが起きているとき、怒っているときはこういう状態になっている。
神経には抑制とか鎮静効果がある。これは細胞膜に中にあるカリウムのプラスイオンが出て行くので、中がマイナス過剰になる。鎮静状態で静かになる。ここにマイナスイオンがあると、中にあったカリウムが「あっ、マイナスイオン。鶴富姫だ」と言うので出て来る。マイナスイオンは興奮回路を抑制し、鎮静回路を促進することになる。
マイナスイオンがなぜ体にいいかと言うと、神経細胞の中の鎮静システムを促進する。もう一つは、ミトコンドリアである。細胞の中にミトコンドリアの遺伝子がある。これは本人の持っている遺伝子とは全く違う。近くに栄養素が来ると、その栄養素の中から水素原子の電子だけを取って、剥がれた水素原子は外に飛び出していく。水素と言うのは真ん中に陽子があって、電子が1個回っているのが水素である。電子だけが中に入っていくのである。だから、マイナスイオンは、神経を鎮める働きと、もう一つ、ミトコンドリアを元気にする。この2つの側面があるから、マイナスイオンは体にいいのである。
神社と言うのは最もマイナスイオンが多い場所で、湿度が大体50%~60%の間に納まっている。こういう時はイライラしない。
日本家屋建築は、湿度がちょうどいいシステムになっている。つまり、日本文化はマイナスイオンの塊で、発酵食品は微生物がマイナスイオンを造り出す。日本と言う国はマイナスイオンが満ちている素晴らしい国なのである。宇宙空間から降って来るいろいろなものをマイナスイオンが引き寄せて、日本国中に集める。龍神はマイナスイオンが好きであり、マイナスイオン発生器を買ったら、その中で龍神が渦を巻いているのかという話になる。(笑い)
これからは、マイナスイオンに注目していくことが一番重要になる。