(7)気療治療師・神沢瑞至(かんざわただし)の奇跡のハンドパワー
一人の男が立っている。作務衣姿である。静かに前方を凝視している。その先は、牧場である。数十頭もの羊が放し飼いにされ、のどかに草を食んでいる。男は、右の手のひらを下に向けゆっくりと水平に円を描くように動かし始めた。目線は、はるか羊の群れにとどめたままである。羊たちは何事もなかったように、静かに草を食む。時間がゆっくりと過ぎていく。男は手刀を少しくぼめたようにして、静かに回し続ける。5~6分も経過しただろうか、手前の羊に変化が現れた。草を食べるのをやめ、けだるそうに首を動かし始めた。そして、ゆっくりと膝を折り、そのまま草地に横になった。そして、心地よさそうに眠り始めたのである。周囲の羊たちも、申し合わせたかのようにゆったりと横になっていく。気が付けが数十頭の羊たちは、皆、横になって眠りについている。実に不思議な光景である。男は、何事もなかったかのように、端然と仁王立ちしている。船瀬氏は、テレビの画面にくぎ付けになった。呆気に取られた。この男性は気功師として紹介されている。「羊の群れを眠らせた男」ー船瀬氏は気功の威力に改めて驚嘆した。
「羊の群れを眠らせた男」を、メディアがほおっておくわけがない。他のバラエティ番組でも、その作務衣の男性は登場した。今度は、五頭ほどの狼が相手である。狼たちは狂暴な牙をむき、時には激しく睨みつけてくる。しかし、前回同様、男は、静かに手のひらを水平にゆっくり回し始める。最初、狼たちはせわしなく、檻の中を動き回っていた。しかし、時間がたつにつれ、その動きに変化が現われてきた。一つの場所にとどまり、小首を傾げるしぐさをする。その目から警戒の光が消えていく。そして、なんと膝を折って腹ばいになった。そして、大きなあくびをする。それから、ゆったりと、体を地面に横たえた。その眼は気持ちよさそうに、ゆっくりと閉じられていった。残りの狼たちも、同じように腹ばいになり、眠りに落ちていった。
さて番組は次の場面に移る。今度はなんと灰色熊である。俗称グリズリーである。アラスカなど北米に生息する巨大熊、その大きさは北海道のヒグマの2~3倍はある。男は、なんと檻の中に入って巨大熊と対峙した。不動心のなせる技か、すごい胆力である。灰色熊は落ち着きがなく、時には咆哮をあげる。しかし、男は微動だにせず、右手をゆっくりと回し続ける。どれだけの時間が経っただろうか、巨大熊の動きが次第に鈍くなってきた。そして、ゆっくりと腰を落としたのである。さらに、手のひらを回し続けると、灰色熊は気持ちよさそうに地面に伏せていき、眼を閉じた。後は安らぎの静寂があたりを満たしていた。
羊から始まり、狼、灰色熊などを気功で眠らせる男。テレビ放映の反響は、すさまじかった。とりわけ興奮したのが海外メディアであった。気功師や気エネルギーなどに対しては、まだまだ懐疑的な風潮が強い。何しろ、それは目に見えないため、科学的に説明できるのか? そもそも「気」など存在するのか? 疑問に思って当然である。しかし、この気功師の男性は、羊の群れから狼、巨大熊まで手のひらの動き一つで眠らせてしまった。そこには一切のカラクリや仕掛けもない。これが人間相手なら眉唾物である。被験者とあらかじめ示し合わせておけば、どんな反応も引き出せる。しかし、動物相手ではこうはいかない。どんな事前の仕込みも不可能だからである。それをこの男性はテレビカメラの前でやってのけた。例えば、超能力者が実在することは確かである。しかし、テレビカメラの前で再現せよと言われれば、難しい。それほど微妙な集中力が必要だからである。
しかし、この男性は、テレビカメラの前で一切動じることなく精神を右手のひらに集中し、そして、まぎれもなく相手の動物に「気」を送り、ことごとく眠りにつかせている。その集中力は、超一流の気功師である。
船瀬氏は偶然に、その彼に出会う機会を得た。彼は黒いダブルのスーツを着こなしていたので、ご本人とは分からなかったそうである。名刺を交換すると、そこに「気療塾学院学院長 神沢瑞至」とある。テレビ放映を見た時の感動を述べると、にこやかにうなずかれた。大変気さくな方で、その場で2冊の著書をいただいた。どちらも英語版なのにも驚いた。海外の方が国内よりもはるかに注目度が高いのである。その1冊「HEALING WITH KIRYO(気療による癒し)」の表紙には「気」を放つ神沢氏の勇姿が収められている。
同書を開いて驚いた。なんと彼は、そのハンドパワーでインド象やアフリカサイ、カンガルー、野牛、更にはシベリア・タイガーまで、テレビ取材クルーの前で眠らせている。海外で神沢氏が実践した動物との「気」の交流実験では、ゴリラからコアラまで、様々な動物たちを眠らせてきたことに、改めて驚くしかない。
「凄いですね」と思わず嘆声を挙げる船瀬氏に、「簡単ですよ」とやり方を指導してくれた。右手を手刀のようにくぼめ、親指を人差し指に強く押し付ける。これを回しながら、遠くの動物に「気」を送る。しかし、素人がやっても猛獣たちが寝てくれるわけではない。気さくなお人柄に甘えて、冗談交じりに次の質問をしてみた。「若い美人なんか、いちころで眠らせられるでしょう」 神沢氏は相好を崩して答えた。「いやいや、人間は難しいです。動物の方が簡単です。大脳がありませんからね。人間は大脳がブレーキをかける。それに対して動物は小脳で動く。だから、直接反応するのです。後は、邪心が働いたらダメですなあ」(笑い) ともに腹を抱えて大笑いしたことであった。