（４０）「未来記」第七章の全文
「第七章全文」
大般若経云 我末法中天魔波旬變作沙門形 不依如来正法立私曲邪義 弘光明現殊勝相
巡国郡唱仏名 衆生不知而深信 如眞實僧恭敬供養者 於其国發七難
一者大風難 二者大水難 三者大火災 四者大旱難 五者大暑難 六者大寒難 七者大雪難
又起三災 一者兵乱災 二者疾病災 三者飢饉災
（第七章の読み下し文）
大涅槃経に云う わが末法中に天魔波旬は変じて沙門の形と作りて 如来の正法に依らずに私曲の邪義を立て 光明を弘め殊勝の相を現じ 国郡を巡り仏名を唱えるに 衆生は知らずして深く信じ 真実の僧の如く恭敬し供養するは 其の国に七難を発する 一には大風の難 二には大水の難 三には大火の難 四には大旱の難 五には大暑の難 六には大寒の難 七には大雪の難 また三災を起こす 一には兵乱の災 二には疾病の災 三には飢饉の災
（第七章の現代語訳）
大般若経には、末法の時代になると天魔波旬が僧侶となって如来の正しい教法に従わず、よこしまな邪義を作り阿弥陀仏を弘めて、その敬虔なる姿を現し、国中を歩き回って仏名を唱える。人々は知らないうちに深く信仰し、あたかも真実の僧であるかのように恭しく敬って供養するようになると、その国には七難が生ずる。一は大風の難、二は大水の難、三は大火の難、四は大旱の難、五は大暑の難、六は大寒の難、七は大雪の難。その上、三つの災いが起きる。一は兵乱の災い、二は疾病の災い、三は危機の災い。とこのように述べている。
（現代注釈訳）
「天魔波旬」とは「大般若経」に記載されている悪魔を指す。釈迦が解脱する際、娘を使って誘惑しようと画策したマーラのことである。「如来」は阿弥陀如来のことである。阿弥陀三尊として祀られる際は、脇に観音菩薩と勢至菩薩を配するが、密教でも五仏の一如来として尊崇される対象である。その阿弥陀仏を盾に仏法を唱える僧に、民衆が抵抗できるわけがない。南無阿弥陀仏さえ唱えれば極楽へ行けるという甘言は、末法が支配する時代に受け入れやすかった。行き場のない閉鎖的な時代にあっては、安直な光でさえ光明に見えたことだろう。この安易な救いが仏教の基盤を空洞化させ、ついには本当の末法を生み出すことになる。
「七難」とは人々が正法を誹謗することにより起こる天から下る七種の難のこと。「法華経」では大火が起きる「火難」、洪水が起きる「水難」、悪魔による「羅刹難」、斬首の「刀杖難」、羅刹による「鬼難」、牢獄に囚われる「枷鎖難」、賊に襲われる「怨賊難」とある。
「大風」は暴風や竜巻。「大水」は洪水や土石流。「大火」は大火事だが、近代においては地震による大火災だろう。「大旱」は干ばつ。「大暑」は異常高温。「大寒」は異常寒冷化。「大雪」は豪雪被害のこと。「三災」は、仏教では世界の破壊期に起きる「大の三災」と、世界の存続機に起きて人々を滅ぼす「小の災」があると教える。
（歴史的事実）
鎌倉新仏教の祖とされる一遍を「未来記」は明確に最初の悪僧と記している。以後、民衆の大半は「低きに流れる水」の如く念仏三昧へ傾倒し、やがて世の中は裏切りが横行して、下克上の戦国乱世の暗黒時代へと突入していく。
悪僧の教えに民が傾倒した時代、神罰が天から舞い降りてくるというが、やがて訪れる戦国乱世の時代、無数の民が駆り出されて屍を築いていった。因縁因果が事実なら、人々が邪教に従い自らの身に招いた結果が七難と言える。
鎌倉時代と言えば、武士が華々しい活躍をする時代と思われがちだが、一般の人々は戦乱と干ばつ、洪水による災害で、生涯を飢饉で苦しみ抜いた時代だった。寛喜2年（1230年）から始まる「寛喜の大飢饉」では、北陸と四国の被害が甚大で、秋から翌年にかけて数えきれない餓死者が続出し、京都も屍に埋まったとある。
あまり知られていないが、ヒガンバナの名で知られる曼殊沙華は、飢饉が続く鎌倉時代、でんぷん源として中国から持ち込まれたとされている。江戸時代には九州からサツマイモが全国に広がったため、ヒガンバナは食料としての役目を終える。今では彼岸の頃、道端に毒々しく咲くため毒花ともいえるが、実際は球根に毒を含むのでそう呼ばれた。しかし、球根を水に晒すと毒は溶け出すため、デンプンがえられたのである。
無数の遺骸は野晒にされ、そこからカビの温床となって疾病が発生し、さらなる被害を与えた。そんな時，兵乱災を超える外敵が二度にわたって日本に到来する。「元寇」である。まさに「未来記」の預言が次々と成就していったのである。