(38)「未来記」第六章の全文
「第六章全文」
仏兼鑑知大乗経中此旨説給 所謂大般若経云 未来世中有諸悪魔欲破正法 故変作比丘形東海中於小国出生 立徒黨弘邪法惑衆生令堕地獄
(読み下し文)
仏は兼ねて鑑知して大乗の経中に此の旨を説き給う 謂う所大般若経に云う 未来の世の中に諸の悪魔有りて 正法を破らんと欲する 故に変じて比丘の形と作りて東海の中の小国に於いて出生し 徒党を立て邪法を弘め 衆生を惑わし地獄に堕と令める
(現代語訳)
仏は前もって鑑知して、大乗の経の中にこの旨を説き明かしになっている。いわゆる大般若経には、「未来の世の中には多くの悪魔が存在して、仏法を滅ぼそうとする」とある。「そのため、僧として東海の中の小国に生まれ、徒党を組んで邪法を弘め人々を惑わして地獄に堕とさせる」と述べている。
(現代注釈訳)
「仏」とは釈迦のことである。「鑑知」は考え悟るの意味。「大乗」は大乗仏教のことである。「大般若経」は紀元7世紀の唐の時代、「西遊記」の三蔵法師のモデルになった玄奘三蔵が、天竺(インド)から持ち帰った経典のことである。全600巻に及ぶ膨大な経文で、今から1300年前に日本に伝えられた。そこに仏陀が教え残した悪魔のことが記され、将来、悪魔にそそのかされた僧が仏法を内側から滅亡させようと画策すると預言している。「東海」とは大陸側から見た日本海のことである。「小国」とはそこに浮かぶ日本列島のことである。悪魔にそそのかされる人間が日本に生まれ、僧侶となって仲間を増やし、間違った教えを言い広めて人々を地獄に連れて行こうとする。
(歴史的事実)
西暦1年前後、当時の正統学派だった部派仏教が、限られた層の救済にしか目を向けなくなったことの反動から、一般人の救済を目的に説かれた思想が大乗仏教である。これに対し、旧来の部派仏教のことを小乗仏教と呼ぶ。日本に伝えられたのは大乗仏教であり、万民のために救いを目的とした。
日本の仏教の最盛期は弘法大師の頃で、それ以降のピークを境に徐々に衰退を始め、様々な教えが登場して混乱の極みに達していく。それが鎌倉時代である。この時代の悪僧が世相を混乱させ、彼らの死後も教えが残って未来の日本に悪影響を残すことになる。
徳川幕府が推進した葬式仏教の支えがなければ、日本における仏教の衰退は加速したと思われる。近代の仏教の危機は、明治新政府が発令した「神仏分離令」(1868年)である。これで一気に廃仏毀釈の嵐が日本全国に拡大し、それまで神仏混交で同境内にあった寺が追い出されてしまう。さらに、仏像や仏具が神官の指示で壊されたり、暴徒によって経文が焼かれたりした。それでも三悪僧の邪宗は生き残り、未来の日本を破壊するため、邪悪の根は生き続けた。
鎌倉時代末期は、最澄が唱えた末法思想と共に、飢饉や戦乱によって治安が悪化し、僧侶たちの生活も疲弊していった。そういう中、最澄の天台宗から怪しげな教えが続々と湧き出てくる。最初に出てきたのが法然による「浄土宗」で、念仏三昧で救われると説いた。そこから親鸞による悪人正機節の「浄土真宗」が湧き出し、更に一遍の踊り念仏によって日本中に飛び火する。
その中にあって、弘法大師の密教だけは不動に地位を築いて人々の尊敬を勝ち得ていく。それが今も続く四国八十八寺の遍路巡りにも表れ、大師信仰につながっている。最澄と空海の差は、仏典の奥義を持つか否かの違いと思われる。奥義を持たない側は、初めはよくても、やがては本道を外れる邪教が次々と萌え出て来るようになる。少なくとも「未来記」はそのことを預言している