(11)ペルガモンの手紙:「命のマンナ」
スミルナの北にあるペルガモン(現:ベルガマ)は、小アジアの7つの支部で最も北にあり、ローマに一番近かった。そのため、ペルガモンはローマ帝国のアジア州における州都となり、蔵書20万巻を誇る「ペルガモン図書館」が建つ知識の殿堂でもあった。これと同規模の図書館は、蔵書12万巻の「エフェソ図書館」と、100万巻の古代蔵書があったエジプトの「アレキサンドリア図書館」だけである。「古代世界3大図書館」と言えば、この3つを指す。
ペルガモン市内には、ギリシャ神話に登場するアスクレピオスの神殿が建っていた。アスクレピオスは、優れた医術で死者を蘇らせ神の座についた医神とされ、1匹の大蛇が巻き付く杖を持つ。欧米の赤十字や救急車にこの杖がシンボルマークとして付けられているのは、これに由来する。ちなみに、この杖と似たものに2匹の蛇が巻き付いた「ヘルメスの杖」があるが、こちらは金融・商業のシンボルにされている。
ペルガモンでは、旧約聖書の出てくるバラムのような、邪悪な占いや偶像礼拝に傾倒し、嘘の教えを奉じる偽キリスト教のニコライ派があった。これについてヨハネは主の言葉で信徒たちに警告している。
「あなたの所には、バラムの教えを奉ずる者がいる。」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第2章14節)
「同じようにあなたの所にもニコライ派の教えを奉ずる者たちがいる。」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第2章15節)
バラムは、モーセの頃の人間で、ヘブライ人ではないが霊感の優れた者(預言者ではない)だった。彼は神と言葉を交わす能力を持ちながら、金銀で動く堕落した占い師の典型でもある。「民数記」にはモアブ平原で陣を張っているモーセの率いるイスラエルの民を呪うために、バラムが神の意に逆らって出かける件が記されている。
「バラムは朝起きるとロバに鞍をつけ、モアブの長とともに出かけた。ところが、彼が出発すると、神の怒りが燃え上がった。主の御使いは彼を妨げる者となって、道に立ちふさがった。」(旧約聖書「民数記」第22章21~22節)
一方、ニコライ派は、イエス・キリストによって罪が許されたのだから、後の人生は何をしてもかまわないという教えで、原始キリスト教では異端とされている。それを信じる人々は、偶像を日常生活に持ち込むようになり、改宗の前よりも霊的に悪くなってイエス・キリストの教義から外れていった。
彼らは、当時の「グノーシス主義」の影響も受けていたと思われる。グノーシス主義は、宇宙には、神秘的な力を持つキリスト以外の神々もいて、父エロヒム(私はエル・ランティーと思っている)と最高神は別神で、その最高神から多くの霊体が生まれたとしている。そして三位三体のカッバーラを複雑の変貌させ、下等神によって悪の世界が創造されたとも教えた。だから、人の実体は悪であり、その中に聖霊を宿すと決めつけた。さらに、選ばれた者が知識を得れば、その知識と自分の力だけで至高の三角形に昇れるとも説いた。
超自然的な霊知を信じてイエス・キリストの教えとミックスさせ、カッバーラを別物に仕立てたグノーシス主義は、ユダヤ教とも合体して、グノーシス派ユダヤ教を生み出していく。
ヨハネの警告からもわかるように、信仰を守る者の中にも、変異したカッバーラを持つ者たちが混じっていた。そういう似て非なる者を追い出さなければ、真のカッバーラを維持できなくなる。だから、知識でつまずく死の樹の存在を教え、そこに「マンナ」を与えるとある。マンナとは生命の樹の別名である。
「耳ある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には隠されていたマンナを与えよう。」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第2章17節)
マンナは、モーセの出エジプトと深く関係する食べ物で、イエス・キリストの聖餐で使われるパンと同じ意味を持つ天の恵みである。
「私は命のパンである。あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。しかし、これは、天から降ってきたパンであり、これを食べる者は死なない。わたしは天から降ってきた生きたパンである。」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第6章48~51節)
モーセがイスラエル人を率いて古代エジプトから脱出し、シナイ半島を彷徨ってきたとき、食べ物が無くなったのを見た絶対神ヤハウェが、天から降らせたのがマンナだった。それは蜂蜜のように甘く、薄いウェファースと似た味だったという。
「この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが天地の霜のように薄く残っていた。」(旧約聖書「出エジプト記」第16章14節)
「イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースような味がした。」(旧約聖書「出エジプト記」第16章31節)
マナとマンナは同じものである。この神の恵みを食べても、人はいつか死ぬ。だが、永遠の生命を持つイエス・キリストに繋がっていれば、永遠に生きることができる。それは死んだ後、イエス・キリストと同じように復活し、至高世界に至ることの約束だった。
磔刑後、イエス・キリストは不死不滅の体で復活し、ヨハネたち使徒が見守る中、天へと昇って行った。その姿を見たヨハネだからこそ、イエス・キリストの復活後は、何のためらいもなく永遠の命について書き記せたのだ。それはヨハネに限ったことではなく、12使徒全てに共通する心の劇的変化だった。
「その後、11人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである……(中略)・・・・主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神に右の座に着かれた。」(新約聖書「マルコによる福音書」第16章14~19節)
弱虫だったペテロも、イエス・キリストの捕縛で逃げ出した他の使徒たちも、自分の命を投げ出してまでイエス・キリストの福音を宣べ伝えたのは、彼らの心の奥深くで劇的な変化が起きたからである。イエス・キリストが復活し、天に昇っていく光景を目のあたりにしたのだから、激変は当然だった。
日本でもそのことを姓で名乗る一族がいた。蘇我氏である。「蘇・我」は「我は蘇りなり」という意味である。また、日本にもマンナ(マナ)に通じるものがある。日本ではそれをマンマとして米の呼び名にした。実際、欧米人が米を食べると甘く感じるようで、神道では正月になると米を餅にして神棚に捧げる。煎餅もその姿はマナと似ており、マナ板もマンナを調理した板という意味だ。このように見ていくと、古代日本とヘブライの関係は尋常のものではないことがわかる。「甘露」という表現も、ヘブライとの関係の証拠として付記する必要があるだろう。甘露は甘い露であるマナの表現そのものだからだ。