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「闇の支配者最後の日々」の要約(2)

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(2)山口組分裂がSMAP分裂の本当の裏事情

 芸能界とヤクザ、そしてジャパンハンドラーのCIAと言う構図を理解すれば、この分裂騒動の背景も見えてくる。

 SMAP分裂の背景には山口組分裂があり、弘道会と神戸山口組の代理戦争だった。元々ジャニーズ事務所は山口組が後ろ盾になっていた。SMAPは、その中で弘道会が後押ししていた。その弘道会の威光もあり、ジャニーズ内でも社内ベンチャー的に好き勝手にやってきたのがSMAPである。さらに弘道会が6代目となった2005年以降、SMAPが全盛期を迎えた。ところが、2015年夏に山口組が分裂した。ジャニーズ本体は田岡一雄の流れなので、神戸の山健組が管理している。当然、弘道会が管理しているSMAPは独立へ動くことになる。弘道会系の田辺エージェンシーが引き受けようとしたわけである。

 何年か前にキムタク(木村拓哉)は静岡の眼下に通っていて、そこが山健組のフロントだった。その関係でキムタクは山健組ともつながることになる。当時は分裂などしていないので問題は無かった。問題になったのは、山口組分裂に合わせてSMAPが移籍に動いた際、キムタクが山健組の関係で事務所に付いてスパイになり、この移籍を潰しただけでなく、SMAPの利権を弘道会から引き剥がし、山健組の利権に組み替えたのである。それが今回の騒動の真相である。

 騒動の発端は、2015年夏、「週刊文春」に掲載された副社長であるメリー喜多川のインタビューだった。インタビューの内容はSMAPの育ての親と言われたマネージャーを「事務所から解雇する」という過激な内容だった。これも山健組と弘道会の関係を考えれば不思議でもなんでもないし、例の「異常な謝罪会見」も「弘道会とは手を切り、これからは山健組のために働きます」と言う意味があったとすれば、実にヤクザらしい儀式となる。

 これまで山健組系のジャニーズ事務所と、弘道会系のSMAPで共存してきたが、山口組が分裂したことでSMAPが移籍を画策したと言うことになる。ところが、既に山健組にたらし込められていたキムタク(木村拓哉)が妨害工作をして、その結果、弘道会のSMAP利権は山健組へと委譲された。つまり、この代理戦争は山健組が勝利したということである。

 SMAPと言えば、国民的スーパースターである。それが謝罪会見で、あれほど惨めな姿をさらすなど、2015年以前は誰も想像できなかった。そもそも彼らは犯罪者ではなければ、悪事を働いたわけでもない。高い給料でヘッドハンティングされて裏切ったとしても法的には問題ないのである。つまり、そこから導かれる答えは、山口組分裂が、抜き差しならぬ危険な水域に達している現状が浮かび上がってくる。端的に言えば、「日本の支配構造」に関わる重大な闘争ゆえに、その余波となったSMAP騒動も、これほどの大事へと発展したのである。

 山口組は1984年、4代目襲名の際、それに反発して「一和会抗争」を起こしている。この時は、4代目の跡目相続で敗れた勢力は即座に分裂した。一旦、権力から外れると、あとはじり貧になる。だからこそ、トップ争いが終わった直後に決起する。権力闘争ならそうするものなのである。

 ところが、弘道会の司忍(本名・篠田建市)が6代目を襲名したのは2005年である。その際、特に神戸系山口組ともめたわけではない。事実、司忍は襲名直後に銃刀法違反で2011年まで収監されていた。本気で神戸山口組がトップを狙っていたならば、この時、弘道会を倒せばよかった。それをしないで、司忍体制がきっちり固まった後、あえて反旗を翻すのは不自然である。なぜなら、分裂する気など全くなかったからである。外部からの要因で山口組を割れざるを得なくなったのである。つまり、山口組を支配していたCIAが2つに分裂した為、山口組も分裂したのであり、今回のSMAP分裂騒動も起きたのである。


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