(50)甲斐の国仕掛けと亀石が示す日本列島回転
(富士の巻・第2帖 富士山と三重県の岩戸)
甲斐の国は重要である。甲斐の山々に立って一帯を見下ろせば、その意味が分かるだろう。「一二」の神に仕える日本人は、これからも国仕掛けを忘れないでほしい。「日月神示」の解説に重きを置き、指針にすれば憂いはないが、多くの者はそれを軽視し、重要な時の示唆を軽んずる。結果、いざという時の機会を失うのだ。そういう者達は、神が忍耐して与える導きとは思わず。そのままにして根も葉も枯らしてしまう事態に陥る。種である間に準備せねば、茎もまっすぐに伸びないし、正しい実もならない。結果、根が腐って手遅れになる。今度行われた祭礼に対し、神界に三神は喜んでいるに違いない。雨の神も風の神も同様である。しかし、世界がきれいに掃除されたと思って安心するのは大間違いである。それには富士山と三重県に封じられた岩戸が開き、天地が引っ繰り返る事態を待たねばならない。
(解釈資料)
甲府盆地を有する山梨県は、周囲を標高2000メートル級の山々で囲まれている。南に富士山、西に赤石山脈、北に八ヶ岳、東に奥秩父山地を抱え、面積の80%を山岳地が占めている。何故そんな地形になったのかを知れば、国仕掛けの初めが見えてくる。
日本列島はユーラシア大陸の東端に連なった弓型地形が、氷河期の終焉で海面が上昇して残されたものではない。日本列島はいくつもの地殻(プレート)の交差点に浮かぶ世界でも稀有な陸塊であり、6つのプレートが潜り込んでいる。これらのプレートの境界には、断層と呼ばれる構造地質学上の不連続面があり、プレートはその海溝に潜り込んでいく。日本列島はプレートに乗って移動する陸塊が、幾度もの衝突を繰り返して形成された。特に本州は2つの陸塊が衝突して形成された。「西日本陸塊」と「東日本陸塊」である。不思議なことに「古事記」に国生みの様子が記されている。要約すると、次のようになる。
イザナギの命が天の御柱の周りを左から時計回りに回り、イザナミの命は右から反時計回りに回って互いに遭遇し、女性から言葉を発して子をなしたが、どれも育たずに流れてしまった。そこで、今度は先に男性から言葉を発したところ、淡路島が生まれ、四国が生まれ、九州が生まれたと記されている。「古事記」の二神の国生みの記述は、北上するフィリピン海プレートと、南下する北アメリカプレートが衝突し、さらに西に激しく動く太平洋プレート等が鍔迫り合いをし、それぞれに乗った西日本陸塊と東日本陸塊が衝突して合体し、最初は西日本側が押して、次に東日本側が押した結果、今のような日本列島が形成されたことを示している。
これと似た伝承を残すのが奈良県明日香村の「亀石」である。亀石は頭は「西南」を向いているが、古くからの伝承では、亀石は最初の頃「東」を向いていたという。それが「南」に向きを変え、最終的には西南になったという。さらに伝承は続く。やがて亀石は西を向き、その時、明日香村は水中に没するという。実際、磁鉄鉱に残された地磁気跡から、日本列島が回転していたことが判明している。(ただし、地磁気反転を考慮に入れないと、南北を逆にしてしまう)さらに、地図を使って、四国と九州を切り取り、中国地方と紀伊半島の海岸線に移動させるとジグソーパズルのように合わさる。それでも大阪湾に空いたところが生じるが、淡路島を移動させればほぼ完ぺきに西日本陸塊が完成する。つまり、西=陰(女性)から淡路島、四国、九州等々が分離したことになる。そうなれば、瀬戸内海に点在する大小727個の島々が陸塊になれ切れなかった「水蛭子」となる。「一二」の神とは、イザナミの命とイザナミの命であり、東西陸塊の象徴とも重なり、甲斐付近が日本のへそ付近になる。(兵庫県西脇市の東経135度・北緯35度が日本列島の中心とされているが、それは経緯度の中心と言うことで、陸塊の中心ではない。)
イザナミとイザナミは兄妹で、イザナギ命は多次元同時存在の法則から、天照大神となり、イエス・キリストとなる。天照大神は「内宮」の現人神で前世のヤハウェが「外宮」の豊受大神なので、同神の12の神になる。それを示唆するように、「雨の神」とはノアの大洪水を起こしたヤハウェで、「風の神」とは風を意のままに鎮めたイエス・キリストを指している。
「七日の後、私は40日40夜地上に雨を降らせ、私が造ったすべての生き物を地の面から拭い去ることにした。ノアは、全てて主が命じられた通りにした。」(「創世記」第7章4~5節)
同じことが「風神雷神図」にも言える。両神は図柄の上でも左右一対になっている。