(5)預言者ノアと海磐船
地上に超古代アスカ文明が存在し多時代、地球は今よりも小さかった。大気の層も薄く、雲もかなり低い位置に浮かんでいた。雲は全地球を覆い、太陽からの有害な電磁波から地上の生物を護っていた。それゆえ、生物は長寿で、かつ重力が小さかったため、恐竜は勿論、昆虫や人間までもが巨大化した。雲上を天上界と見立てれば、当時、地上から近かった。このことを「八咫烏秘記」は指しているのだろう。かの時代、天は今よりも人に近かったという。ただし、ここで言う「天」とは神々が住まう「高天原」の事である。記紀でいう高天原は雲上に存在し、そこから神々が地上に降臨した。「八咫烏秘記」では、天に属する遣いたちが、しばしば地上に降臨してきて、人々と接していたと記す。「聖書」で言う天使が天と地上を行き来していたというわけである。
天使らは歴代の超古代アスカ王朝の天王の前に現れ、絶対神の言葉を伝え、指導していたと思われる。つまり、天王はすべて預言者だったことになる。超古代アスカ王朝はアダムからセト、エノシュ、ケナン、マハラルエル、イエレド、エノク、メトシェラ、そしてレメクと続き、息子のノアが天王となる。ノアは「八咫烏秘記」では「継聖王」と記されている。継聖王は絶対神から直接、預言を受け、近く未曾有の天変地異が地上を襲い、そこに住む生き物たちが悉く滅びることを知る。ただし、継聖王の家族たちと選ばれし清い動物たちは救うと絶対神は言う。そのために、巨大な船、すなわち「海磐船」を建造するよう、継聖王は指示される。これが「聖書」でいうノアの箱舟である。
絶対神に忠実な最後の天王・継聖王は超大陸パンゲアの極東、安宿の地で息子たちと共に巨大な海磐船を造る。完成した海磐船には、清いとされた動物たちが集まり、中に収容された。継聖王は必要な直物を入れ、静かに時を待った。そして、ついに嵐が襲ってきた。豪雨が続き、地上から膨大な水が涌きだし、ついには大洪水が発生した。超大陸パンゲアは瞬く間に水で覆われて水没する。地上にあった建造物や生物たちは、みな泥水に飲み込まれた。
最も被害が甚大だったのは、超大陸パンゲアの中央部であった。そこには四方に流れる大河が湧き出る泉があったが、そこから大量の水があふれ出した。地下の水は地球内部に存在する水で、引き裂かれた超大陸パンゲアの大地から噴出した。最も影響が大きかったのは豪雨である。膨大な量の水は宇宙空間から落下してきたのである。水源は月である。月は氷天体で内部に熱水の海を抱えている。今から4500年前、月が地球に異常接近した為、潮汐作用によって地殻が破壊され、内部の熱水が宇宙空間にスプラッシュし、そのまま地球へと落下してきた。最初に被害にあったのは、超大陸パンゲアの西だった。月からやってきた膨大な水は超大陸パンゲアの西端から落下し始め、地球の自転によって東へと移動した。ちょうど超大陸パンゲアを東西に横断する形で水は大地に叩きつけられた。その証拠が砂漠である。現在、地上の大陸を元あった場所に移し、超大陸パンゲアを復元すると、砂漠地帯はきれいに帯状に並ぶ。月からの熱水には大量の砂が含まれていたからである。
幸いにして、超古代アスカ王朝の都は超大陸パンゲアの極東、安宿にあった。そのため、月の水の直撃は免れ、地中からの湧水の影響も受けず、海磐船は無事に進水することが出来た。とはいえ、海上は激しい嵐である。この時、最も安全だったのは水中だけだった。潜水艇の様に海磐船、すなわちノアの箱舟は海中を静かに潜航し、嵐が過ぎるのを待った。全世界が大洪水に沈み、暴風雨が収まった頃、海磐船は浮上する。天王・継聖王と家族は、窓を開けて新たな世界を目にする。しかし、見えるのは海だけだった。やがて、内部のマントルが相移転を起こしたことで、地球は急激に膨張する。超大陸パンゲアは分裂し、大陸放散が始まった。丸かった超大陸パンゲアは真ん中から裂けて「く」の字となり、テーチス海が誕生した。この段階で地表に乾いた部分が現れた。かつプレートテクトニクスが作用し始めて、大陸移動が本格化すると、サブダクション帯で造山運動が活発化し、標高の高い山が形成された。
最後の天王・継聖王は乾いた陸地を捜すため、海磐船から一羽の烏を解き放った。烏は戻ってこなかった。これを見た継聖王は、まだ大地は濡れており、烏の食物となる魚がいることを悟った。つぎに、継聖王は鳩を放った。鳩は若芽をくわえて戻ってきた。これを見て地上が乾き、植物が茂り始めたことを知った。興味深いことに、このあたり「聖書」の記述と若干違う。
「40日経って、ノアは自分が作った箱舟の窓を開き、烏を放した。烏は飛び立ったが地上の水が乾くのを待って、出たり入ったりしていた。地の表から水が引いたかどうかを確かめようとした。しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、ノアの箱舟もとに帰ってきた。水がまだ全地の表を覆っていたからである。ノアは手を差し伸べて鳩を捕らえ、箱舟の自分の元に戻した。さらに7日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。鳩は夕方になってノアの元に帰ってきた。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上から引いたことを知った。彼はさらに、7日待って、鳩を放した鳩はもはやノアの元に帰って来なかった」(「創世記」第8章6~12節)
地上の様子を知るために、ノアは烏と鳩を放している。最初は烏で、次が鳩である。烏を放したのは1度で、鳩は3度放っている。地上が乾いたことを知らせたのは鳩だけである。あくまでも最初にノアへ知らせ、かつ新世界へと旅立ったのは鳩だった。これに対して「八咫烏秘記」は濡れていながらも、水が引いたことを最初に知らせたのは烏だったとある。大洪水の47日目にノアの箱舟から放たれたのは鳩のみではなく烏も放たれていたのではないだろうか。
箱舟から飛び立った烏はノアの元に戻らなかった故に、「創世記」には記されていなかったのかもしれない。
地上に乾いた場所が現れると、ノアは箱舟の扉を開いた。乗っていた多くの動物たちは地上に降りて、全地に広がっていった。その時、地上に人影があった。「八咫烏秘記」によれば、五色人のひとつ黒人の祖「黒祖」が海磐船を待っていた。黒祖とは「創世記」で言うカインの事である。アダムの息子にして、兄弟であるアベルを殺したカインは地上を彷徨う者となった。神の呪いによってカインは黒い体になった。カインの肌は黒くなり、その子孫も黒人となった。彼は高度な技術を持っており、いろいろな建築を手がけた。ノアの大洪水以前の超古代遺跡の中にはカインの子孫が手掛けたものも少なくない。カインも絶対神の言葉に従っていた。呪われたことで彼は死ねない体となった。息子たちが死んでもカインだけは生き延びた。ノアの大洪水の時も、カインも箱舟を建造した。ノアの箱舟はアララト山系に漂着したが、カインの箱舟も近くに留まった。
現在ノアの箱舟は化石化してアキャイラ連山の箱舟地形として存在し、一方のカインの箱舟はアララト山の山頂付近にある氷河に埋もれている。カインはノアの箱舟が漂着したことを見届けると、姿を消した。「八咫烏秘記」が正しければ、カインは今もこの地上の何処かを放浪していることになる。