(15)トランプを応援するアメリカ思想派閥
トランプは政治家の経歴が無い。だから政治の素人と呼ばれて、ワシントンの政財官界から軽く見られ、お笑い芸人並みに扱われてきた。つまり、トランプは既存の腐敗した政治利権団体と癒着してこなかった。この点がアメリカ国民に清新なイメージを与えている。トランプは「私はワシントン政治の新参者だ。だから汚れていない。ヒラリーはワシントンで汚れまくっている」と毒づいた。
今、共和党候補者であるトランプを応援している派閥は、アイソレーショニストと宗教右派(レリジャス・ライト)とリバータリアンの3つである。アイソレーショニズムとは「外国の事に関わるより、アメリカは国内問題を優先すべきだ」と言う思想である。宗教右派の勢力をトランプは取り込むことが出来た。宗教右派の運動は、人口妊娠中絶をする権利を合法化するリベラル派の運動(プロウ・チョイス)に反対して、激しく涌き起こった。アメリカの宗教右派はローマ教会が大嫌いであるが、生命尊重の立場から中絶に反対する。この中絶反対派は(プロウ・ライフ)は、銃を持つ権利と共に共和党を支える大勢力である。トランプは3月の演説で「妊娠中絶手術を受けた女性は処罰されるべきだ」と発言した。すぐに発言撤回を迫られた。リベラル派(プロウ・チョイス)から抗議が起きた。今度は「中絶は胎児への殺人罪だ」と教会勢力のプロウ・ライフ派からの反撃が来た。困ったトランプは、妥協点をさぐって「「中絶した女性には悪は無い。罰せられるのは中絶した医者だ」と弁明した。これでも収まらないのでトランプは「そんなこと言ったて、仕方なく中絶する女たちはこれからもたくさん出てくるのだ。かわいそうじゃないか。俺はニューヨーカーだぞ。田舎者で頑迷な敬虔な教会信者たち(プロウ・ライフ)とは違うのだ」と捨て身の正直発言の手法に出た。
更にトランプは言った。「俺は自分がプロウ・チョイスだということを口に出して言うことがものすごく恥ずかしい。それでも俺はプロウ・チョイスだ。私たちアメリカ人は、もうこういう風に言うことしか他にない。ノー・チョイスだ」と。
これでトランプは上手に両者を納得させる形で妥協点を作った。この時、プロウ・ライフとプロウ・チョイスの国民的いがみ合いは大統領選のテーマから外れた。
宗教右派は、テレビ伝道師のジェリー・ファルウェルの運動から始まった。ファルウェルはリバティ大学の創設者で、今は息子のファルウェル・ジュニアが学長をしている。この人物がトランプへの支持を表明した。そして事件が起きた。
2016年2月18日にメキシコ国境を訪問したフランシスコ法王が、「トランプ氏の移民政策はキリスト教的ではない。人と人の間に壁を造る者はキリスト教徒ではない」と批判した。トランプはその日のうちに、「もしバチカンがISの攻撃を受けたら、法王はトランプが大統領だったらと祈らずにはいられないだろう」と発言してローマ法王に反論した。そして「法王はいい人だ」と最後に折り合いをつけることを忘れない。ファルウェル・ジュニア学長が「国をどう治めるべきか。政治指導者に指図するような意図を、イエス・キリストは全く持っておられなかった」とフランシスコ法王を非難し、トランプを擁護した。副島氏はこの地上で人類にとっての諸悪の根源はローマ・カトリックと考えている。しかし、この問題はこれ以上書かない。
リバータリアンについては、1950年代にアメリカで誕生した勢力である。彼らの政治思想は①反国家 ②反税金 ③反福祉 ④反官僚主義 ⑤外国まで軍隊を出すな、である。つまり、「あなたが何を信じて、どのような集団に属してもいい。それはあなたの自由だから私は反対しない。ただし、あなたがほんの少しでも私の自由、私の生活に干渉したり、侵害してきたら、許さない。私はこの銃を取って自分の自由を守る」である。これがリバータリアンである。
リバータリアニズムはアメリカの開拓農民の生き方から生まれた。泥臭いアメリカの本物の白人たちの思想である。リバータリアンは徹底的に個人主義である。だから、中絶についてもプロウ・チョイス派である。銃の問題では「国民は銃を持つ権利」を擁護する。クリント・イーストウッドのシリーズ映画「ダーティ・ハリー」では、ハリー・キャラハン刑事が「私が決める」と言って、凶悪犯人を追いつめて警官なのに射殺してしまう。あれにアメリカ国民の多くが賛同した。あの感じがリバータリアンである。