(35)漢字を作ったのは日本人だった!(飛鳥氏)
この国は大変ですよ。ちょっとさかのぼってルーツを申し上げますと、若狭湾、天橋立を直轄管理していた籠神社は、当然ながら南朝系支持です。だから、足利以降、室町も含めて、ずっと武家政権から嫌がらせをされていたんです。土地を次々と奪われたり、どんどん小さくされた。南朝系は正しいんです。歴史を勝手に変えるなということです。自称裏天皇というのは沢山いますよ。ゴロゴロいるから騙されないでください。だけど、それはそれとして、もう一つ言えるのは、血統的にそういう人は一部とはいえ、確かにいるんです。僕が言っている偽物という意味はちょっと違う。どういうことを言っているかというと、天皇陛下というのは権能なんです。同じ一族でも、例えばの話、「秋篠宮さんがもし「私は天皇だ」と言ったら、それは嘘になります。それは偽物なんです。血統的には正しくても、その地位、権能、権限を持っていない者は、本当の天皇陛下ではないという意味で言っています。
明治、大正時代等々、それ以前もそうかもしれませんが、いわゆるお手付きがいるんですよ。実際の話、そういう意味でいうと、大本もそうです。ですから、天皇家と同じ一族です。もっと言うと、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんは北朝系ですからね。ですから、殺されずに今も生きています。北朝鮮は天皇家が大好きなんです。南朝系を拉致してしまうと。問題が起こるから、北朝にしたんです。でも、血は薄くても入っていますからね。だから誤解がないようにしてほしい。僕が言っているのはそういう意味です。
僕は、まだ元気な頃の海部光彦宮司に聞きました。物部氏の祖というのは徐福でしょう。徐福は漢民族じゃないんです。「瀛(えい)」という名字を持っています。徐福の姓と同じ瀛という名前を持っているのは始皇帝です。徐福と始皇帝は同族です。同族だから、一回失敗して戻っても首を切られないのは当たり前です。瀛州、東海の沖に浮かぶ瀛というのは、日本という意味です。瀛というのは日本のことなんです。だから始皇帝に関する限りは、司馬遷が「史記」の中で出所が怪しい、漢民族ではないと書いているんです。
親父の名前は呂不韋(ロフィー)という。ロフィーというのはヘブライ語です。「癒し手」というヘブライ語です。ヘブライということはヤマトということです。このころに金文文字とか甲骨文字とか、いろいろな文字を集めて漢字を編纂した。漢字を編纂したのはヤマトなんです。中国人じゃない。我々は中国から漢字を教わったというが嘘です。韓国人から教わった? 嘘付けです。漢字を作ったのは日本人です。証拠があります。漢字は聖書絡みのものだからです。
一番わかりやすいのは「蘇我馬子」、我よみがえり馬小屋の子。こんなのはごく一部です。「巫(みこ)」という字もそうです。これに女を書いて「巫女」も「みこ」と読みます。「巫」だけだと男です。これはT十字架の両脇に2人の罪人がかけられたということで、ゴルゴタのことです。同意語で「御子」と書いても「みこ」と読みます。「神子」と書いても「みこ」と読むんですよ。こんな仕掛けができるのはヤマト民族以外ないんです。なぜなら我々はヘブライだからです。漢民族にはこんな知識はないです。
始皇帝が使った印がある。「璽」、これは「じ」と読みます。これは始皇帝が使った印です。今の天皇家も同じ印を使っています。すなわち、今の天皇家の祖は始皇帝です。瀛という名前の同じ一族です。これはヘブライです。だから今の天皇陛下の印は全部これです。始皇帝と同じ印を使っています。
これは実は契約の聖櫃アークの象形文字なんです。「璽」の下に「玉」と書いてあるのは、王という意味で、王の印が入っている。すなわち十戎石板が入っているということです。これが今、内宮にある。これがアークです。神社に行くと尾根に千木がある。よく見てください。バッテンなんですよ。バッテンという言い方は悪いんだけど、要は、物部系は千木が黒色です。カラスなんです。だから神武天皇を迎えに行くのは八咫烏です。一方、出雲系の物部氏ではない伊勢の秦氏の天孫族系は、陰陽黒白の白木なんです。千木の先を垂直に切っているか、水平に切っているのかの違いです。